2019-02-11

お久しぶりです。

お久しぶりです。Lay Daddyでございます。
 8年振りの復活、最新Postでございます。

と言ってもネタはたくさんあるんですが、何か特別これと言って書きたいことがあった訳でもないんですけどね。 
ちょっとイタズラ心で投稿してみました。
 気まぐれで今後も投稿する…かも。
誰か見てるんだろうか…。

2011-01-26

おばあちゃんへ。


今更だけれど「トイレの神様」の話。
年末によくこの曲が聞こえてくる事があってもじっくり聴いた事がなかったけど、じっくり聴くとおばあちゃん子だった僕はつい涙してしまう。世の中には様々な祖母という意味でのおばあちゃんが居ると思うし、それぞれみんないろんな想いがあると思う。素直に受け入れられない人もいれば、僕のようにどうしようもないくらいおばあちゃんに甘えっ子だった人にとってみると、この曲は悔しいほど泣ける。
僕はおばあちゃん子だった。小さい頃は毎日のようにおばあちゃんと食事をして、三輪車に乗った僕と散歩に行ったり、電車を見に行ったり、一緒にスーパーに行ったり、料理のまねごともした。おばあちゃんの膝の上に座って飲む温かいミルクは何よりも美味しかった。小さい頃からVWが好きだった僕にたくさんVWのミニカーを買ってくれて、僕が車を運転するようになってからおばあちゃんを初めて乗せた時は誇りに思ったものだった。

僕は十五歳で家を出て日本に居なかったので会う機会が滅多に減り、たまにおばあちゃんに会う度に見る老いて行く姿は辛かった。そして亡くなった時の事は本当に今でも悔しい、、、。

おばあちゃんとは僕にとって---たぶん、おそらく他の人にとっても---絶対の味方だった。何をしても許してくれたし、何をやろうとしても認めてくれた。もちろんそればかりじゃなく、いろんな事を教えてくれたりもした。ドラえもんのエピソードに「おばあちゃんの思い出」というのがあって、未来から会いに来たのび太の事をおばあちゃんは「誰がのびちゃんの事を疑うものですか」と非現実的な事情を疑いなく受け入れる。そんなのび太のおばあちゃんくらい、僕のおばあちゃんは僕の味方だった。

でもおばあちゃんが今の僕を見て何て言うか考えると涙が出て来る。
本当に本当にごめんねって謝りたくなる。そして、許してもらおうとしている自分が腹立たしい。
おばあちゃん、本当に本当にごめんね。
いつか又きっとお墓の前に立ってきちんと近況を報告できるようになるから、もう少し待っていてね。

2010-05-07

絡んだ毛糸、そこにやってきた一匹のネコと深い井戸。

コメントやらメールやら思っていた以上いただいたので、休憩に入るまでもうひとつだけ。

Blogを本格的にスタートさせたのは2004年の2月15日、それから6年ちょっとですか、最初の3、4年は毎日アップするのが生活の一部でした。それからBloggerに引っ越して来て数日に1回というペースになり、段々とそのペースが落ちてきましたが、それでも僕の中では---今も変わらず---Blogをアップしようという気持ちは変わらずあります。あるんだけれど、今後ある日突然全てが億劫になって何も情報がないまま放置して電子クズになるなら、そこに一言あってもいいと思って一応休止宣言(と言うか休憩宣言)させていただきました。

開始した年の夏に生まれた娘も来年の春になると小学生、そう思うと自分の人生の中で特に価値ある数年をこうして記録に残せたというのは決して後から出来ない事であり、本当にBlogをやっててよかったと思います。

そしてBlogを通じて知り合ったたくさんの方々、実際に会って飲んで友達になった方々、まだ見ぬ方々、全ての方々に感謝したいと思います。皆さんのおかげで続けて来れたと言っても過言ではないし、元々の友達でここに来てくれている方々にも言うまでもなく支えられて来ました。

そりゃあ、まあ、僕は確かに何か立派なものを残した訳では決してありません。貴重な情報源となる事もなく、単に極めて僕の個人的な記録であって他には何の意味もありません。ここで僕が休憩宣言をしてもしなくても、放置されて電子クズである事にも変わらないし、僕が更新をストップするからと言って誰かの生活に影響を及ぼす事は皆無です。

でもね、6年間続けて来た事をとりあえず休憩すると言うのには、それなりの理由があるんです。今は言えないけれど、その辺りをひとつづつ経過をBlogでアップする気にはならないし、今後物事を進めて行く上でBlogに僕の生活を記録し続けていくという事は絶対に僕は億劫になると思うんですよね。たぶん今僕が必要としているのはリズムだと思うし、それを重用視した結果が休憩でもあります。

なんだか大げさになってきたけれど、自分が出来る事と言えば読まれている皆さんに出来るところまで事情を説明する事だと思うし、それは---個人的な意見だけれど---マナーでもあるかなと思って、一応区切りをつける事をこうして自分なりに説明した次第です。

また帰ってきまーす!



 「さて、」と僕は思う。
 ぐるりと一周して、その後で僕はここに戻って来るべきなのだ。それは十分に理解しているし、その決意は冷凍庫に長年放置された哀れな霜のようにカチカチであり、それが固まっているうちは僕も前に進める。僕にはそれがわかる。でも何かの加減でいつか溶けてしまい、手で掬ってもどんどん指の間から流れ落ちてしまう日が来るかも知れない。そうならない為にも僕は動き続け、そして一周しなければいけない。
 「にゃあ」とネコが小さな声で鳴き、毛糸に忍び寄って来る。動き続けないとネコはすぐに追いついてくるのだ。鋭い爪は屠殺場の天井から吊るされた冷たい金属製のフックを僕に想像させる。僕はネコを威嚇した後で絡まった毛糸をほどこうと試みるが、今はまだほどく事が出来ない。
 そもそも最初から絡んだ毛糸もネコも、おまけに深い井戸も存在しないのかも知れない。僕にさえそれはわからない。たぶん、おそらく。
 「ねえ」誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。僕にははっきりと聞こえる。でもそれが誰のものなのかわからない。今自分に必要なのは、そこに何があるのか、誰の声なのかをしっかりと見極める事なのだ。
 しばらく。一人で。ちゃんと。
 そう。「シバラク。ヒトリデ。チャント。」全てを解決してくれる魔法の呪文。そっと心の中で僕はそれを唱えてみる。実際に声に出してもみる。少しの沈黙の後でどこか遠くからネコがにゃあと小さく泣いた声が聞こえた気がした。

2010-05-06

ちょっとお休みします。[Keep on Growing]

連休でしたが、僕はタイトなスケジュールで仕事。それでも1日だけ少し娘と遊ぶ時間があって、地元にある小さな遊園地に行きました。娘は初めてジェットコースターに乗ってものすごいこわばった表情をしていましたが、まあ、それでも恐かったながら楽しかったようです:-) パパも久しぶりのジェットコースターは少し緊張した:-)
 ※上の画像で一緒に写っている小さな子は「娘の弟か妹??」と、第二子が生まれたのか問い合わせのメールが来たので補足。触れていませんでしたが、行った先の小さな遊園地で偶然会った娘と同じクラスの子の妹です:-) 誤解させるような画像で申し訳ありません、、、。


さて、2004年から続けているBlog、2回の引っ越しをして現在に至るけれど、ちょっとこの辺りで無期限の活動停止をしたいと思います。理由は忙しくなってTwitterでアップする事が増えたほか、ちょっといろいろ自分の中でもあってアップ出来ないかなと思います。何か変化があればアップしますが、気分次第という事で。よくもまあ、どうでもいい事を6年2ヶ月も書き続けたものだなと自分で飽きれてしまう一方、遠方に住む友人には近況報告のような役割を果たしていたし、そして自分の事や娘の成長記録を残せた事も含めて、そこには極めて個人的ではあるものの意味を見出す事は出来たものでした。そしてBlogを通じて出来た友達の方々も僕の貴重な財産のひとつでもあります。ひとつ明確にしたいのは、決して物事をなかった事としてやり過ごそうとしている訳ではなく、これからもそういう財産をしっかり大切にしていきたいとも思うし、「自分で決めた事」を達成できたら、いつかきちんと報告したいとも思っています。何かあったの?と訊かれれば否定はしないし、でも現実的には何もありません。今のところは。


"The show and life must go on."

Lay Daddy

2010-04-25

23万キロ達成。[相変わらず出張の週末]

3月の始めから毎週末600kmほど走っているせいもあり、いいペースで23万キロを迎えました。ここ最近ちょっとエンジンを暖気させないと調子が上がらないので、近々オイル交換に行く時にでも診てもらおう。そんな訳で今週末も出張、今日も札幌に居ります。天気は薄曇りだけど風が冷たい。ガソリンスタンドを覗くとタイヤ交換してる光景も見えるし、確実に春なんだろうけれど僕は連休が明けるまでは交換できない。あ、夏タイヤもそろそろ購入しなくちゃいけないんだっけ。

今回は火曜日の昼まで自宅に戻れず、ああ、長い、、、。

2010-04-20

娘、初めての留守番をする。[教育とはきっと見守る事]

週末あった事とか。しばらく週末は家に居なかったので、娘とふたりで遊んだんですが、まずは自転車に乗って近所を一周。早く補助輪を外して乗ってみたいらしく次回外してみようと思います。そういえば僕は補助輪を外してなぜかすぐ乗れたんですよね。昔はバランス感覚がよかったのだろうか:-) その後で小さな水族館へ行っていろんな魚を見たり、ココスへ行っておやつを食べたり、夕食をふたりで作ろうと言ったものの買い物には行きたくないと言う娘。すぐ近所にスーパーがあるので、ちょっとひとりで留守番出来るかなと思い、いくつか留守番における約束を紙に書いて守らせるようにしました。娘がひとりで自宅で留守番したのは10分くらいだったけど、無事に留守を守ってくれたし何も問題なし。これは僕が携帯電話を持っているし、娘も自宅の電話から僕の電話番号を引っ張り出して電話出来るからこそ、こうして留守番させられたのだと思う。でも5歳がひとり留守番するのは確かに少し早いかも、ね。

ちなみに海外では子どもひとり残して留守番させたり、車に残す事さえも違法。でも最近子ども達だけで居た時の火事で亡くなっている事故も多いから、近い将来日本でも違法になるかもなあ。こういうのは法律うんぬんよりも、常識だとか教育だとか、ちょっとそういう親の考え方になると思う。僕個人としては小さいうちから自立させる事は大事な事だと思っているし、実際こうしてひとりで過ごさせるのも大切な事である一方、言うまでもなくそこには子ども一人で居る時にやってはいけない事をしっかり教えるフォローがいちばん大切であって、そこが抜けて親の都合になってしまってはちょっと違う。一人で出来る事と出来ない事の差(いい意味でも悪い意味でも)を見抜く事が親には必要であって、前回問題なく出来たからと言って今回も出来るとは限らない。初心を忘れずというところでしょうか。

2010-04-14

沈黙の抵抗。[No One Gets Left Behind]



ソマリアのラジオ局、音楽を禁止され動物の鳴き声を放送 アフリカ東部ソマリアの首都モガディシオで13日、ラジオから流れていた音楽が止まり、代わりに動物の鳴き声や足音が放送された。市内の大半を実効支配するイスラム武装勢力の1つが、ラジオ局による音楽放送を禁止したためだ。

同国のジャーナリスト団体によると、武装勢力ヒズブル・イスラムは、音楽が「イスラム教に反する」として、放送禁止を通告。一部のラジオ局に対し、10日間以内に従わなければ処罰すると警告した。

これを受けて、市内14社の民間ラジオ局はすべて音楽の放送を停止した。このうち3社は音楽に代えて馬のひづめや波の音を放送し、抗議の意を示した。

あるラジオディレクターは、禁止令に不満はあるとしたうえで、「われわれの命にかかわる恐れがあるので従うしかない」と話した。ソマリア人ジャーナリスト の1人は、「独立系メディアを沈黙させようとする武装勢力側の作戦が始まったのではないか」「次は女性ジャーナリストらが標的となるかもしれない」と懸念を示した。両者とも安全上の理由から、匿名を条件に語った。

同国では1991年から事実上の無政府状態が続き、ヒズブル・イスラムは国際テロ組織アルカイダ系の反政府武装勢力アルシャバブとともに、モガディシオを含む南部一帯を実効支配している。

http://www.cnn.co.jp/world/AIC201004140009.html

すごい抵抗だなあ、、、音楽がダメなら…という発想の転換がすばらしい:-) 地道なレジスタンス活動が実を結ぶはず。でも軍靴の足音が響くとはこの事かも知れない。動画はそのモガディシオの戦いを描いた『ブラックホーク・ダウン(Black Hawk Down)』、オペレーション・アイリーンです。