
今まだ出張中と書きましたが、今回はどうも人の不幸な話をよく聴く事となりました。まずやはり同じ同業者の団体の役員の方の奥さんが8月の交通事故に遭われ、一時は死んでしまうかと思ったとの事。何とか今は元気になりつつあるようですが、今度はまだ小さいお子さんがそのストレスで病気になったり、本当にここ数年彼の家庭ではあまり良い事がないので、これからの彼の人生が幸に満ちているものになりますように、、、。
で、もうひとつびっくりしたのは、去年うちの取引先を退社してしまったMさんが今年の春に亡くなっていた事を知って、これはさすがに驚いた、、、。Mさんは僕がこの団体に入る時に参加した新人向けのセミナーで大変お世話になり、その後Mさんと会ったら気功を勉強していると肩こりを気で治してもらったものの、気が身体から抜けずのぼせてしまったという不思議な体験をさせてくれた人です。昔はボクサーだっただけあってデカい身体をされてて手もゴツいのに絵が非常に上手で、最期にあった時も絵をハガキに描いてくれていただいたのですが、退社されてから関係のあった方とは全く連絡を取らず、今回Mさんの不幸を教えてくれた方が唯一仲がよくて知る事が出来たものの、まだ五十代なのに本当に残念です、、、。東洋医学の知識もたくさんMさんから学んで非常に役立つ事が多かったので、僕は関係する業界に戻って来てくれたらいいなあと思っていたのに。
先日観ていた映画だったか、『ER』だったか、「人は必ず死ぬし、いつどこでどうしての差だけだ」というセリフが出て来た事を思い出したけれど、まあ、確かにその通りではあるものの、やっぱり単純にそう考えるのは難しいですよね。家族やら友人やらMさんのように仕事で繋がっている方に不幸がある度、僕は「死は生の対極ではなく、生の一部である」という村上春樹さんの言葉を思い出すし、個人が成し遂げられなかった事を考えると無念な気持ちでいっぱいになります。そういうのはこちらの勝手な期待と感情なんだけれど、ね。Mさん、科学的ではない不思議な東洋医学の事をいっぱい教えてくれてありがとう。心からご冥福をお祈り致します。そっちでスパークリングしたり、絵を描いたり、大好きなお酒をたくさん飲んで下さい。
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