2009-07-01

Just Remember to Always Think Twice. [マイケルとはどういう存在だったのか]

昨日は治りかけていた中耳炎が悪化し、浸出液を出すために麻酔をかけて切ってきたんですが、その話はまた後日。どうも自分の中でマイケル・ジャクソンの死について書かなければいけないという気持ちがずっとあって、何の脈絡もなく、まあ、書いてみます。

東京出張中、十数年振りに会う女の子が居ました。彼女は僕の高校時代の同級生で、2年間ほど一緒に同じ学校に通い、今回本当に久しぶりにみんなで会おうかという話になったのです。通っていた学校というのはとにかく異国の僻地にあったので、彼女とだけではなく日本人というだけでみんな仲良くなり、特に彼女の芸術をはじめとするいろんなセンスにはいつも感心させられたものでした。で、今回みんなで久しぶりにあっていろいろ話していたんですが、最初はその女の子と別な同級生の男の3人でスターバックスにて近況報告などして、なんとなくマイケル・ジャクソンの話になり、彼女が「死んでしまったのはとても悲しい」と言います。一緒に居た別な同級生は「え?そんなに好きだったの?」と訊いたんですが、「だってマイケルだよ」と彼女。

世界からマイケル・ジャクソンが失われてしまうという事が、どういう事なのかみんな分かっていなかったんだと思う。世の中にはいろんな種類の悲しみがあって、失ってから感じる事の出来る大切さや悲しみというものがその中にはあります。失う前に大切に出来ればいいと思うんだけれど、それはあまりにも日常に溶け込んでしまっていて、その輝きや眩しさというものをまず自らが失い、そこから感情は様々な形に変化する事もある一方、初めて出会った頃に感じた感動や夢中になっていた頃の気持ちも戻ってきてくれる事もあるでしょう。失ったものを讃える事は決して間違った事ではないと思います。改めて大切さを感じるための行程のひとつと言っても過言ではないだろうし、そうする事で次のステップへと人間を押し進めるのかも知れません。

マイケル・ジャクソンは常にスターでした。彼に関する様々なゴシップ、事実、もしくは奇行が報じられても彼は常にスターであり続けたのです。King of POP、彼はそう呼ばれています。おそらく今後そう呼ばれるミュージシャンは残念ながら出てこない事でしょう。音楽を伝えるメディアが増えた今と違って、オーディエンス個々それぞれが手にする媒体に大きな差がなかった80年代というバックグラウンドも、彼の音楽的才能と同様に彼を大きくスターへとさせたのも事実です。でもそれはそうとしても、世界が彼を注目し、世界が彼を讃え、世界が彼の音楽を聴いていました。それまでのPOPミュージックにはなかった聴く音楽から観る音楽への変革、そのキーパーソンのひとりこそがマイケル・ジャクソンです。聴く側に加えて観る側というオーディエンスの新しいスタンスを作り、激しいダンスやイリュージョンを加え、人々を魅了し、そしてそれは斬新な風となったのです。常に斬新な音と斬新な視覚を取り入れて来た彼がもし居なければ、今のPOPミュージックのあり方というものは違うものになっていたのではないのでしょうか。僕はそう思います。

「(スーパー)マリオは幼なじみみたいなもの」、前出の僕の同級生は別な話をしている時にスーパーマリオをそう表現しました。たぶんマイケル・ジャクソンも多くの人にとってはそんな存在であったのかも知れません。あるいはその存在が自分から離れ過ぎてて大き過ぎるから故、そう表現する事で身近な存在にしているのかも知れません。いずれにしても、大きなものが失われてしまった事には変わりはなく、特別な感情を持っていなくても、彼の存在というものは常にあったのです。

彼の急死はまるで遠い場所で起きたアンラッキーな出来事のように僕は最初感じていました。宇宙船の打ち上げが失敗したとか、世界遺産の塔が倒れたとか、観光名所の大きな木が倒れてしまったとか、知った時に「ああ、そうなのか」と思うようなそういう類いの事。でも東京へ向かうために地元の空港へクルマで移動している最中、ラジオのDJが流した「ビリー・ジーン」を聴くと、どうやらその時やっと僕は彼がこの世から失われてしまった事を実感したようで、ついつい涙が溢れてきてしまった。マイケル・ジャクソンの特別なファンではなかったけれど、でもやっぱり悲しい。彼が一体僕にとって何だったのか、きっとこれは永遠に答えを出す事は出来ないような気がする。

2 件のコメント:

yuko_mj23 さんのコメント...

特別ファンというわけでもなかったのに、なぜか私もすごく悲しいです。Thrillerのダンスは、当時洋楽を全く聴いてなかった(私は当時小学校1年生)私でも知っていたくらいのブームでしたよね。

いなくなった途端に、またマイケルの曲を聴きたくなって、iTuneで買ってしまいました。

小さい頃から、マイケルの歌だと知らずに耳にしていた曲がたくさんありました。Man in the mirrorを聴いたら、いつの間にか泣いてました。

彼のお葬式は全米生中継でしたが、ネットでのストリーミングを含めてすごい視聴率でしたよ。

亡くなってしまうと、整形手術の話とか、幼児虐待とか、そういうゴシップがどうでも良くなるのが不思議ですね。彼は偉大なミュージシャンだった。それだけわかっていればいい、というか・・・。生きているうちに、こんなふうに世界中の人からサポートされたかったでしょうね。

laydaddy さんのコメント...

こんにちは、Yukoさん。

彼の死というものがどういうものなのか、なんとなく未だにどう捉えていいのかわからずに居ます。たぶんそれは人間の死というよりも、何かのシンボルが失われてしまったような感じに近く、そしてあまりにも唐突だったから、自分でもよくわかっていないのかも知れません。

一昨日だったかMTVで彼の追悼番組を観ていたんですが、改めて観ると彼はとても音楽的才能に恵まれていたんだなあとつくづく思うんですよね。彼もひょっとするとその才能をどういう風に今後コントロールしていけばいいのか、わかっていなかったのかも知れないなあと思って観てました。

今後もう少し彼の存在がどういうものだったのか、深く考えてみたいと思います。そうしないと自分の気持ちもすっきりしないし、そうする事で追悼にもなると思うし。